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フンシャル移住地 運動会の翌朝

フンシャル移住地での運動会の翌日、朝早く妻と移住地内の散歩に出かけた。標高はそんなにないフンシャル移住地であるが、内陸性気候なのか、又は、森林を含めた山間が多いためだろうか、夜中は気温が凄く下がり寒さを感じる。

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肌寒い中を白い息を吐き、ザクザクとシューズが締め付ける音を耳にしながら砂利道を進み、まもなくアスファルトの中央主幹道路に出た。このアスファルト道路を数キロ歩いた先の道脇に日本人らしき姿した女性が荷物を道端に置き何かを待っている様に察した。近づいて、妻とその女性は久しぶりの再会にハグを重ねあっていた。フンシャル移住地の少女時代を共に過ごした仲間である。この女性 Kさんはサンパウロに嫁ぎ、幸せな家庭を築いているが、高齢者の両親の看病に時々、フンシャルの実家を訪れているそうだ。昨日の運動会を楽しみにしていた母親の代わりに、わざわざサンパウロからやって来て、床に臥せている父親の看病をしたそうである。この時、僕は二つの事に心を打たれている自分に気付いていた。

移住地に夫婦二人だけで居残る90歳近い父親と80歳半ばの母親を500Km離れたサンパウロからサポートする娘で、運動会を楽しみにしている母親をその運動会に参加させたい考えで、床に臥せている父親の看病をした事である。二つ目は80歳半ばの開拓者にとって運動会とはどんな重みを持っているのだろう。多分、競技に参加する事だけではないだろう。苦労を共にした移住地の仲間との再会、そして、寝ないで腕によりをかけて作った弁当のお披露。この様な母親の気持ちを察している娘の心使い。うれしいね。

話は反れてしまったが、サンパウロに帰るためにローカルバスを待つKさんと立ち話していたら、遠くからFさん夫婦が仲良く歩いて来た。「昔は家内を苦労させたので、今は家内孝行しているんじゃよ!」とFさんの傍らでニコニコしている奥さんがいた。

こころが豊かになる様なフンシャル移住地の運動会の翌朝の出来事だった。僕らが小さい頃、楽しみにしていた運動会がフンシャル移住地にまだ残っている。

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砂利道を行く。

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アスファルト道路脇のパパイア。

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Kさんと妻。

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向こうからFさん夫婦がやって来る。

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昔話に花が咲く。

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ローカルバスがやって来た。

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今から4回の乗り継ぎでサンパウロに帰るKさん。

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バスはカショエイラ・デ・マカクに向かう。

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こんな光景にも出くわした。日本の昔の農村みたい。

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馬もいた。

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この景色は好きだ。

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コメント

高崎さん、いつも楽しく懐かしく記事を読ませていただいています。
宮崎県綾小学校でも運動会がもうすぐ行われます。
田舎なので、家族が一大行事として大勢参加します。
場所取りが大変です(^-^)
さて、ヴィトリアではもう運動会ないんですね。
とても寂しく感じます。
フンシャールでの運動会、続いて欲しいですね。
いつかまた、機会があれば是非是非、お世話になったフンシャールを訪ねたいです。
市村さん、元気にされてますでしょうか?
宜しくお伝えください。

投稿: 奥誠司 | 2012年8月 3日 (金) 21時22分

奥先生

コメントありがとうございます。
先日のヴィトリア日系協会創立30年の会議で入江さんが運動会を再現する事を発案しました。12年ぶりで行われる可能性が出てきました。
創立30周年の一環として、綾中の柔道部交流計画も承認されました。

フンシャルは懐かしいでしょね、と云うよりはお互いに死に損なうと云う苦い経験があります。フィンシャルの北海道人会から借りた太鼓の運搬中の出来事です。お互いに、この世とオサラバと紙一重でした。

ヴィトリア、高崎

投稿: ヴィトリア高崎 | 2012年8月 4日 (土) 01時44分

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