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世界の果て、パタゴニア車冒険旅行 22日目 その2

アルゼンチン国道40号線の事故に関わる事を述べてみよう。この国道の脇には至どころにアルゼンチン流の石碑みたいなものがあちこちで見かける。

実際、僕らは2台の事故に遭った車を見かけた。その一台はハイスピードで土煙を吹っかけて僕の車を追い越した乗用車が数分後に横転していた。二人のアルゼンチン青年は大きな事故の割りには怪我も無く、後から追いついた僕らに助けを求め、遠くから両手を挙げていた。彼は近くの町の警察に事故の様子を伝えてくれるように求めた。

この街道にはSOS連絡網のシステムがあるのだが残念ながら機能していない。結局、民家もない、携帯の信号もない、まったく警察に連絡方法がない。結局、泥道を約150Km走って最初の建物が道路建設管理現場で、ここの職員に事故の様子の写真を見せて、理解してもらい最寄の警察に無線で連絡をお願いした。なにしろアルゼンチン人の事だから本当に連絡したかどうか分からない。そうなれば、彼らは事故現場で野宿となるかも知れない。僕は彼らに同乗する様に伝えたのだが・・・・・・・・・

彼らの事故を約1Km先のSOS連絡装置があったので、僕は車から降りて、その装置でSOSを発信するが全然機能を果たせていなかった。仕方なく次のところまで行こうとすると、数十メートル先の道路脇に日本流石碑があった。近づいてみると、なんと!日本人の墓石であった。ここにも日本人が事故に遭遇していたのだ。その綺麗な石碑には日本名が刻まれていた。写真にもあるようにSAKIKO OYAMADA 小山田咲子さんの名前が刻まれていた。しかも、僕と同じ福岡県出身で飯塚と刻まれていた。こんな何もない、冷たい強風が吹き付ける大平原で寂しく、冷たく霊が眠っている当時24歳の女性がいるなんて、僕は目頭が熱くなり、涙が溢れてしまって仕方が無かった。今、こうやって書いているのだが、涙を浮かべながら思い出してパソコンのキーボード打っている。

サイトでこの女性の名前を検索したら意外な記事が浮かび上がってきた。この女性のパタゴニアの国道40号線の事故の真実。http://d.hatena.ne.jp/kayanokatsumi/20080418

僕はこの真実の記事にどうこう書くつもりはないが、あの何も無い、強風が吹きつける大平原で事故に巻き込まれ、はかなくも24歳という人生をたたれた女性の霊がこの場に眠っている事を思うと自ずと無念の涙がこぼれてきた。

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永遠に続く砂利道。

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こんな墓石???

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この石碑?墓石には母親からのメッセージがプレートに刻まれていた。やっぱりお母さんだな・・・・・・・いたたまれないだろうナー

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こんなものもあった。

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三つの十字架に三つの花輪があった。多分、家族ドライブ中の事故だろう。

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この事故車は何日たっているのだろうか?捨てられたままだ。

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数分前に僕の車をハイスピードで追い越した車が横転していた。

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僕らに最寄の警察に連絡をいらいしているところ。この最寄の警察に連絡する事が出来るのが150Km先の道路管理現場になろうとは思いもしなかった。この赤シャツのアルゼンチン人は事故当時、運転していた人だろうか、それとも、車の所有者だろうか? 考え込んでいる姿が気の毒だ!

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事故現場から1Km先の壊れたていたSOS連絡装置145番のポールの傍に日本人墓石らしいものを見つける。

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やっぱり日本人墓石か石碑だった。

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僕と同郷の福岡県の飯塚出身のOYAMADA SAKIKOさんと刻まれていた。

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傍に生えてた草花を供え冥福を祈った。





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コメント

ありがとうございます。
ありがとうございます。泣いています。

飯塚市、咲子の母です。
事故は2005年、そして2010年9月再び渡航ししるしを置きました。強風突風にあおられどれ程耐えられるものか、石碑の無事を祈るばかりでした。
写真で見せて頂き本当に嬉しく思います。
側面に「カラファテ」という名の小さな苗木を植え、花の種も撒きました。もしかしたら育っていたのでしょうか。かすかな望みだったのですが。

本当にありがとうございます。

投稿: 小山田照美 | 2013年1月11日 (金) 12時37分

小山田照美様

お母さんでいらしゃいますか? お母さんのこのコメントを頂き、びっくりするやら、目頭が熱くなり涙ぐんでいます。九州男児だから涙を見せることは恥ずかしいのですが、涙が溢れて仕方ありません。
娘さんの石碑のところの写真は数枚撮りました。そして、不思議に思っていることは、石碑の中に
新しいミネラルウォーターが供えてあることでした。2年前の2010年9月に訪れられた時からのプラスチックのミネラルウォーターにしては新しいと思いました。もしかしたら、私たちは以外にも、娘さんの石碑を見られた人がいるかも知れません。
お母さん! もし良ければ、私の方 seisuketakasaki@gmail.com の方にメールを頂けませんか? 他の写真や石碑の様子を詳しく述べたいと思います。

投稿: ヴィトリア高崎 | 2013年1月11日 (金) 17時16分

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