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ヴィトリアのゲートボール

今年はヴィトリア日系協会創立30周年である。

いろいろな写真を整理していく中で、記録を思い出していろいろな事が思い浮かんでくる。その一つがゲートボールである。

ゲートボールの歴史

1985年頃、ヴィトリア周辺の日本人&日系人高齢者達(65歳)の間で「お互いに日本語で話し合う場が欲しい!」「家では、庭の小鳥とお話をしているので、とに角、皆と集まってお話がしたい!」と言った声を聞き、浜龍一、大天旭、高崎精介が当時の高齢者に呼びかけ、敬老会(年寄り扱いにして欲しくない!)と言った意見もあり、敬老会ではなく、みんなで仲好しする会を結成することになる。「仲好し会」の始まりである。日曜日(月に1回)の手弁当持ちの楽しい集会であった。このメンバーの料理の腕前は凄いもので、「仲好しまんじゅう」等を作り、運動会の売店で大人気であった。

 

当初、浜龍一がパラグアイよりビデオ機を購入(多分、ヴィトリアでは最初のビデオ機)したのをきっかけに、当時、NHK連続ドラマ「おしん」をヴィトリア日系協会会館(ドン・ペドロII)で「仲好し会」の皆さんで鑑賞する事に成る。その内、浜龍一がスザノの日本人移住地で習ってきたゲートボールを「仲好し会」メンバーに指導して、ビデオ鑑賞後にエンセアーダ・デ・スア(現在のPARQUE DE DESEJOのサッカー場辺り)の海岸で「仲好し会」メンバーの吉田昌治を中心にゲートボールを始める。最初のゲートボール道具はみなさんからの寄付金でサンパウロより購入、その後、ヴィトリア日系協会がJICAに申請して、ゲートボール道具一式を寄贈してもらう。

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ヴィトリア・ゲートボール愛好者(仲好し会)のメンバーと世話役

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現在のヴィトリアショッピング近くで練習していた。

 1986年10月頃、ゲートボールの専門コートが欲しい事をヴィトリア市に要請する。「仲良し会」メンバーの簾藤やす子のアパートの隣の住民が市役所のスポーツ局長という関係で、Praça de Namorada公園造成と同時にゲートボールコートを現在の場所にコート1面を提供してもらう事になる。なんと!当時は簡単であったんだな!・・・・・

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 吉田さんが見守るゲートボールコート工事現場

待望のゲートボールコート1面が完成し、仲好し会のメンバーは吉田昌冶を中心に週二回ほどゲートボールを楽しんでいた。又、南バイア日本人会と親善試合も数回重ねる。イッパチンガ・チームを迎えて親善試合もする。

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新しいコートで楽しむ。

1988

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イパチンガ・チームを迎えて親善試合。

しかし、「仲好し会」のメンバーの家族の事情でサンパウロに戻ったり、高齢者のため病気になったり、少しづつこの世を去って行く者も出て、ゲートボールチームが自然消滅する事に成る。

 

2003年頃、入江士郎、吉川セーザーを中心にゲートボールチーム再結成の話合いが出て、吉川セーザーの母親を高齢者の中心として、ゲートボール愛好者グループが現在まで継続している。

2005

現在のゲートボール・メンバー

 

 

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