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ダラス空港から

現在、ダラス空港のフリーインターネットステーションからです。

成田空港からロス・アンゼルス空港間の機内で書いた記事をダンロードしています。ここの周りはブラジル語が聞こえますので何だか安心しています。今回も「もっと英語を勉強しなくては!」と反省しています。

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ダラス空港のフリーインターネットステーションにて。

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現在、成田空港からロス・アンゼルス行きの飛行機の中である。偶然にも隣の座席が空いていてかなりのスペースが確保でき助かった。帰路もロス、ダラス経由でサンパウロ行きのアメリカン・エアーライン航空なので米国への入国と税関手続きを考えると気が重くなる。次回の訪日は別のルートを考える事にしたい。例えば、中東のドバイ経由など面白いのではないだろうか。でも、次回は何時になるだろう・・・・・・

 今回の訪日を振り返ってみて、前回と同様に良い旅をしたなと思っている。約半世紀前の3年間の高校時代にお世話になったクラス担任の無津呂先生の喜寿のお祝いに出席する事が出来た。病み上がりの先生は、出来の悪かった教え子が遠くブラジルから駈けつけたと喜んでもらった。更に、先生の涙ぐんだ姿と仕草を見てしまった。「先生!ありがとうございました。僕も頑張りました!」そして、クラスメートとの再交流、デイサービス視察には今後、ブラジルで参考にしたいと思っている。 

更に遠距離の海外に住み疎遠に成っていた僕ら5人兄弟との交流、毎朝、一緒にウォーキングをしながら兄弟の絆を深かめる事が出来たかなと思っている。僕ら5人兄弟は貧しい家庭に育ったため、兄達は早くからそれぞれの道を歩み、付き合いが疎遠になりがちだったが、前回と今回の訪日で「家族の絆」の再確認が出来たと思う。

 ブラジルに戻って、ブラジルの僕の家族の「絆」に益々努めなければならないな、と飛行機の窓から暗闇のなかを寂しそうに灯っている翼の先のランプを覗きながら思いに更けている。ヴィトリアでは「亭主関白の高崎さん」と仲間には誤解されている僕ではあるが、本当は僕ほど「家族の絆」を大切に、大事にして来た者はヴィとリアにはいないのではないかと自負しているのだが・・・・・・・。

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成田空港にて。

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機内。

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ノートブックでお仕事??? 高校時代にこれ位熱心に勉強していたらどうなっていただろう?

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夜の飛行機に乗っていつも思うことだが、翼の先のランプはいつも寂びそうに灯っている。だが、雨の中も、風の中も、雪の中も一生懸命灯っている。素晴らしい事だ!、

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機内の朝食。

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ダラス空港近く。

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丸く緑色に見えるのはピロット灌漑設備での農作物だろう。




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コメント

 高崎さんから感動的なお話を聞きましたので、ここにアップします。

 70歳の或る日系人男性が、車椅子生活からホームレスとなり、当地の貧民街に住むようになりました。僅かな年金を使いながら、貧民街の人に世話になっていましたが、やがてたらい回しにされ、住人の家の玄関に置かれたり、空き地に板で囲った小屋に住むようになりました。
 その人のことを知った高崎さんは、彼に人間らしい環境を与えなければと奔走した結果、サンパウロの施設で受け入れてくれることが決まりました。
 サンパウロへ発つ前の日、高崎さんは彼を自宅に泊め、まゆみさんの手料理でもてなしました。
 翌日、彼をサンパウロまで送り届けるべく、ヴィトリアの空港で出発を待っていたところ、彼はトイレに行きました。
 が、彼は中々出てきません。 高崎さんが様子を見に行くと、車椅子の為、排便がうまくいかず便器・トイレは悲惨な有様となっています。
 それを見た高崎さんは、その時ゴム手袋を持っていなかったため、素手でトイレの掃除をしたそうです。 しかも同じ事がサンパウロに着いても又繰り返されたということです。
 サンパウロの施設に着き、彼の来し方、行く末を思うと高崎さんは涙が止まらなかったそうです。 
 
 何と立派な行為だろうと私は返事もできませんでした。もしそれが私だったら、どんなに文句・不満を言ったことでしょう。もっともその前に逃げ出していたと思います。
 普段、説教を垂れる仕事をしている方々でも、こういったことができる人は少ないのではないでしょうか。

 ところが高崎さんは、淡々とこうおっしゃいました。
「僕は母親の看病が出来なかったから、その代わりと思ってやったんですよね」
  
 私は「家族には無償の愛が与えられるのに、他人にはできないのはなぜだろう」と常々思っていましたが、その答えが見つかったような気がしました。

投稿: 海老根 | 2013年11月20日 (水) 11時03分

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