旅行・地域

ヴィトリア (プライア・ド・カント編)

2月7日にヴィトリア(カンブリ海岸編)を「ヴィトリアの青空」に載せたところ、旧ヴィトリア滞在経験の皆さんに大変喜んで頂きました。そして、数人に次回はプライア・ド・カント地区の情報をというリクエストがありました。しかし、僕のブラジルの兄弟の急病、そして、急死といろいろな事が重なりました。その様な訳で続編を約束できないままでした。

今回の写真の紹介で旧ヴィトリア滞在経験者の皆さんに満足できる情報か分かりませんが、建設中のペトロブライス(石油公団)事務所、旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所や旧カザロン荘跡の変貌などを紹介します。

プライア・ド・カント地区はヴィトリア島の一部で旧中心街に比べると、新しい清潔感のあるモダンなマンションが建ち並ぶ新興地帯です。海岸側にはヨット・ハーバーからイーリャ・ド・フラージ島まで拡がるプライア・ド・カント区のビ-チがあります。このビーチには大きな公園が二つあり、バレーコート、サッカーコート、テニスコートやゲートボールのコート等の施設があります。これらの公園の名称は「恋人の公園」と「欲望の公園」と呼ばれ、「恋人の公園」で恋人を求め「欲望の公園」に場所を移し、恋人に愛を要求して欲望を果たすというユーモアーな公園を管理する行政の気配りがあります。果たして、若者達がこの様に実行しているかどうかは私は確認した事がありません。

この海岸から奥に突き進んでいくと高級住宅街があります。昔は一軒家が多かったが、需要と供給のバランスに伴い、家は崩されてモダンな高層マンション群に変貌してしまいました。「発展の喜びと歴史の崩壊」と云うなんだか訳の分からない、わびしい気持ちが私にはあります。

Google Mapsで上空を見たい方はこちら http://maps.google.com.br/maps?q=Praia+do+Canto,+Vit%C3%B3ria+-+Esp%C3%ADrito+Santo&hl=pt-BR&ie=UTF8&ll=-20.296122,-40.295534&spn=0.005404,0.0103&sll=-14.239424,-53.186502&sspn=44.64954,84.375&vpsrc=6&t=h&z=17

写真はダブルクリックすると拡大します。

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クルバ・デ・ジュレマビーチよりプライア・ド・カントを望む。

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イーリャ・ド・ボーイ島と第三大橋を望む。

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イーリャ・ド・フラーデスからプライア・ド・カントを望む。

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イーリャ・ド・フラーデスからプライア・ド・カントを望む。

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イーリャ・ド・フラーデスからプライア・ド・カントを望む。

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イーリャ・ド・フラーデスからプライア・ド・カントを望む。右側はヨット・ハーバー。

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プライア・ド・アテーホ・ビーチ。ヨット・ハーバーを望むがこのビーチの水質はあまり良くない。

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ビーチでシュラスコ(焼肉)を楽しむブラジル人家族。

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Av.Saturunino de Brito通りと  Av.Americo Buaiz通りの分岐点。

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Av.Saturnino de Brito通り。 

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Av.Saturnino de Brito通り。セントロに向かう。

 

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イーリャ・ド・フラーデス島からAv.Saturnino de Brito通りに入る。

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イーリャ・ド・フラーデス島からAv.Saturnino de Brito通りに入り右折。

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Av.Saturnino de Brito通り。

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Av.Saturnino de Brito通りの高層高級マンションから「恋人公園」の夜のフェイラを望む。左奥にはツバロン港。右奥はイーリャ・ド・フラーデス島の夜景。

このマンションにはある旧ヴィトリア駐在員が住んでいました。

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Av.Saturnino de Brito通りの高層高級マンションからコンベント・ダ・ペーニャ(ペーニャ修道院)を望む。

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牧野日本食品店があるビル。

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牧野日本食品店の周りのロータリー。

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牧野日本食品店前のロータリー。この奥が旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所があった。

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左の赤い建物が旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所。

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左の赤い建物が旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所で奥の緑の建物がペトロブライス(石油公団)の事務所。

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旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所の奥のペトロブライス(石油公団)からの写真。

右側の赤い建物が旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所。

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旧カザロン荘に向かう坂道。

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この坂を上がって右折するとカザロン荘があった。この辺りは高層マンション建設ラッシュ。

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坂道を右折して左側奥に旧カザロン荘があったが、今はこの通り高級マンションに変貌。旧カザロン荘跡の高級マンション建設中。

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左側の旧カザロン荘から奥の方を望む。

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右側に旧カザロン荘跡のマンション。周りはマンション建設ラッシュ。

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旧カザロン荘の前側のマンション。

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Av.Nossa Senhora de Aparecida通り。左側はペトロブライス(石油公団)建設現場。

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ペトロブライス(石油公団)建設現場。ヘリポートも所有。この裏が旧川崎製鉄所ヴィトリア事務所になる。そして、カザロン荘もこの奥にあった。

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左側にセントラ・ダ・プライアショッピング。奥にペーニャ修道院が見える。この通りは別名Reta da Penha通り。

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セントラ・ダ・プライアショッピング。

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プライア・ド・カントのバチスタ教会。駐在員や日本人学校の先生家族が多く住んでいたマンション Porto Belloも見える。

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Porto Belloマンション からの通り。

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Porto Bello マンションの前。

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ポルト・アレグレ

今日、ポルト・アレグレ(Porto Alegre)からグラマード(Gramado)にやって来ました。グラマードは噂に聞いていた通り、きれいな山岳地帯の小さなヨーロッパ風の街です。グラマードは次回の情報にして、今回はRio Grande do Sul(南大河)州の州都 Porto Alegre (ポルト・アレグレ)に付いてです。Porto Alegreとは陽気な港とでも訳しようか。人口140万人の大都会である。この3日間の観光中は天候にも恵まれ、夏は非常に蒸暑いと聞いていたが、確かにヴィトリアに比べると少し蒸暑い感じがする。しかし、日陰ではヴィトリアと同じくらいしのぎやすかった。でも、ヴィトリアには海岸から吹き付けるそよ風があります。さすがこの街はヨーロッパからの移住者(ドイツ人、イタリア人、ポーランド人等)の白人が築き上げただけあって、清潔感のある街と感じた。ポルト・アレグレはサッカーのロナルジーニョの出身地で、グレーミオとインターナショナルの二つの大きなライバルサッカーチームがある。ロナルジーニョが育ったスラム街はきれいに整理され、その近くの高級住宅街には彼の現在の家もあった。

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早朝のホテルの前。

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湖の遊覧船からポルト・アレグレの街。

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湖の水面ぎりぎりに飛ぶ軽水上飛行機

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どこにも水際の高級住宅はある。

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地下鉄は頑張っていた。

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ポルト・アレグレ市は観光にも力を入れていた。

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観光二階建てバスの屋根はなく、風に吹かれて気持ち良かった。

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二階建てバス市内観光が終わりました。

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歩行天国通りで買い物。

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夜はガウショ(南大河出身者のこと)のシュラスコ(焼肉)。

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ピッカニャの焼肉。

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このシュラスコ店ではガウショ本場のショー。

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市内の市場ではこんな風景もありました。ごめんね!子豚ちゃん!

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玉ねぎ石公園

明日は航空法規試験のためにリオ・デ・ジャネイロに行きます。合格するために行きます。!と強がりを言っていますが、結果は「残念&やけ酒」になるか「最高&祝い酒」になるか・・・・・・

今日も一日中、問題集や復習をやっていました。夕方、息抜きのために玉ねぎ石公園に散歩に出かけ、いつもののコース、ブラジル日本人移住100年祭記念で植樹した桜の様子、LUIZINHO君との秘められた出会い、そして、小森でのラジオ体操と腹筋をやって来ました。LUIZINHO君との秘められた出会いとさくらの様子のお話は別の機会に述べたいと思います。決して、皆さんが考えている様なLUIZINHO君との出会いではありませんので誤解しないで欲しいと思います。

この公園には大樹が数本ある小さな森があって、日本であればその奥には神社が祭られているような自然を満喫する事が出来るところがあって、僕はここが大好きです。先ず、ラジオ体操をやり、腹筋、腕立てと続ける。それから、僕は大変弱い人間として育っていますので、この森の中のの神様にいくつかのお願い事をするのが日課になっています。その祈願内容は今ここで公表できません。 欲張っての両方の神様にお願いしているので、その神様達は僕のお願い事に対して、お互いに遠慮と敬遠をなさっているようであまりごりやくがないようです。

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玉ねぎ石

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玉ねぎ石を押していますがとてもとても・・・・

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早朝の公園

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亀の日向ぼっこ。この公園にはいろいろな植物と動物がいます。

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先頭に歩いているのが例のLUIZIHO君です。

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この小さな森が僕の隠れ場です。と言うよりは静粛な僕の小森かな!

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ヴィトリアの桜

ヴィトリア日系協会主催でペドラ・アズール(トカゲ石)の麓にブラジル日本人移民100年祭の一環として植樹した「さくら&イッペーの森」の花見ツアーにバス2台をチャーターしてあいにくの霧雨のなかを参加した。植樹した桜は2年目に初めて花を咲かせたという情報を地元で工務店と石材販売をやっている熊沢君から受けた。彼とは高校卒業後JICA海外移住研修所でブラジルに移住するための研修を受けた同期生でもある。18歳以来の長い付き合いでブラジルの兄弟同様の付き合いをさせてもらっている。Dsc02384a

「さくら&イッペーの森」の桜は残念にも、2台の貸切バスがペドラ・アズールに到着するなり、地元のブラジル人は「「1週間早かったら花が咲いていたのに!この雨ではねー!」と気の毒そうに私達を出迎えてくれた。確かに、植樹した桜の樹の花は散っていたが、雨を浴びた初々しく、生々しい新緑で溢れていた。残念でした。それでも、桜の樹はすくすくと育っていた。

モンテ・ベルデゴルフ場(旧青木建設)の桜(沖縄桜)はきれいに咲いていた。

ブラジル日本人移民100年祭の 模様はこちらの青空に向かって! http://vitoria.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/index.html

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モンテ・ベルデホテルの沖縄桜

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雨で桜の花は池の水面に沢山浮いていた。

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青空からのヴィトリア

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Dsc_0024a_2 Dsc_0028a Dsc_0049a_2 Dsc01508a_2  ヴィトリアの青空をセスナ機で飛んでみた。実は、パイロット養成基礎コースの合間にインストラクターの操縦でパイロット候補生の仲間と一緒にヴィトリアとヴィラ・ベーリャの上空を飛んでみたのだ。朝、7時30分から約30分間の飛行時間であったが、急降下、急回転などのスリル満点の時間を過ごす事が出来た。これで、ますますパイロットに挑戦する気持ちになった。上空からのヴィトリア、ヴィラ・ベーリャの景色は素晴らしかった! ヴィトリア上空からの景色はここをクリック「vitoria_panoramica_nxpowerlite.ppt」をダウンロード  上空は青空だった。

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ヴィトリア日本人学校は今!

このヴィトリアには日本人駐在員子弟が就学した「ヴィトリア日本人学校」があった。1977年(昭和52年)の補習校に始まり、1980年(昭和55年)にヴィトリア日本人学校が開校された。しかしながら、250余名生徒を輩出したこの学校は1994年(平成6年)に休校となった。 「ヴィトリア日本人学校休校記念誌の発行にあたって」の冒頭に 父親の勤務の都合のため異郷の地・ブラジル国・ヴィトリアでの学校生活を余儀なくされながらも 力強く巣立っていった生徒たちに 影になり日向になりながら生徒たちを支えて頂いたこころのやさしい多くの方々に ヴィトリアでの学校生活の思い出を ブラジルの思い出を心をこめて送ります。」とあります。確かに250余名全員が良い思い出ばかりではなかったかもしれないが、大部分の生徒たちには「あのヴィトリア日本人学校は今どうなっているんだろう」と心の奥に潜んでいるのではないかとヴィトリアを愛する僕は勝手に思い込んでいる。そこで、ここに 「1_nxpowerlite.ppt」をダウンロード   旧ヴィトリア日本人学校跡と旧川崎製鉄所のヴィトリア独身寮の写真があるので興味がある人はどうぞ!。残念だが今は!

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ヴィトリアの今日

今回はヴィトリアの最近の街の様子をパワーポイントで紹介します。ヴィトリア沖約100Kmの海底で油田と天然ガスを採掘しているのでヴィトリアは活気があります。私個人としてはヴィトリアの発展と共に安らぎが失われていくような気がして、ちょっぴり寂しい感じもします。今回は写真を沢山入れています。そして、ブラジル石油公団のヴィトリア支部事務所の計画プロジェックトのサイトがあります。これも写真が沢山あります。://www.skyscrapercity.com/showthread.php?t=298122  ヴィトリアの写真はこちら「vitoria_1_nxpowerlite_nxpowerlite.ppt」をダウンロード

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Bonito ( ボニート)観光

Bonito_ms_852_2 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

年末の休暇には南マット・グロッソのパンタナールの南方近くのボニート (Bonito) で自然を楽しんできました。ボニートとはポルトガル語で「美しい」と訳して、その名の通り、美しく透き通った川に無数の魚が生息する天然の水族館さながらの地域である。ボニートには、透き通った川の中を水中眼鏡をかけ、シュノーケルを着用して泳ぐフローティングやゴムボートで川下りしたりできるポイントが十数ヶ所以上あります。それに加えて、ボニート市内から西21kmの郊外にあるGruta do Lago Azul(「蒼い湖の鍾乳洞」の意)は、入り口から地下70mのところに神秘的なまでに蒼く透明な地底湖(深度約280m)がある鍾乳洞などがある。その他にいろいろ自然を楽しむツアーがあり、自然が好きな人には数日間を楽しむことができる。 Jpg00532_2Jpg00546                                                                                                                                                                     

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その中でもあまり危険性が少なく、比較的安いツアーを楽しんできた。このボニートに関するサイトは http://www.mercosur.jp/02_brasil/kanko_bonito.html    

 

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青空へ向かって!

Jpg01115  ペドラ・アズールでの「イッペーの植樹が9月7日ブラジル建国記念日にブラジル日本移民100周年記念の一環として行われた。植樹にはヴィトリア日系協会の皆さん以外に、地元の住民、政治家、行政職員、元川崎製鉄所ヴィトリア駐在OB代表、親日家アルツー元ツバロン製鉄所社長(元州知事)、日本ーブラジルの各ナショナル・プロジェクトのブラジル側の産みの親である元CVRD社長(大臣も経験)の親日家エリゼウ・バチスタさん、そして、ブラジルでも指折りの絶景をこの植樹に提供してくれたアラクルース製紙会社のオーナーであるローレンツご夫妻 (ノルウェー人でご婦人はノルウェーの皇女さまでもある。

この桜とイッペーの森は雄大なペードラ・アズールで青空に向かって植えられました。この植樹はいろいろな目的があります。地球温暖化のため、地元観光のため、ブラジル日本友好、日本人のこころのシンボルである桜の普及、日本人を暖かく迎えてくれたブラジルに感謝とお礼のため、とあらゆる目的を持っています。しかし、僕にはエゴ的な考えが少しあったことは隠せない。ブラジル高崎家がこの雄大なぺドラ・アズール石に力をもらい、青空に向かって大きく元気に育ち、僕の子孫たちもこの桜が見れるようにお願いして1本の桜を家族で植えました。各人、皆さんも同じようなことを考えていたのではないかと思います。式典での市長代理は「自分達の子孫がこの桜の森をと考えた時」と挨拶した時に思いのあまり感激をしてしまって、声を詰まらせ涙ぐんでいた。

写真はここをクリックする。「nxpowerlite_nxpowerlite_nxpowerlite_nxpowerlite.ppt」をダウンロード

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田園の教会を求めて!

このスライド集は約4年前に末っ子の三男が連邦大学に入学したのをきっかけに(ブラジルでは連邦大学には入学金や授業料は払う必要がないので経済的に楽になった。)、子供の教育から一時的に解放された私達夫婦が気ままにドライブしながら、エスピリット・サント州の田園の教会を写真に収めたものです。Dsc01835_2

山間の教会、牧場の中の教会、田舎に行くほどその風景に調和した教会があり、数件の集落の小さな農村にも立派な教会があり、そして、その教会を中心に社会があり、そこの人々の生活を覗くことができるのです。

当時の僕のデジカメはあまり良い性能でもなかったので、あまり良い写真ではありませんが田園の教会の様子が伝われればと思っている。

ここをクリックする。

「igrejas1_nxpowerlite.ppt」をダウンロード

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